様々な配慮がなされたジュヴナイル仕様
「蜘蛛男(少年探偵版)」（江戸川乱歩）
ポプラ社
絹枝の目の前で腕の石膏像を
叩き割った黒柳探偵。
そこに現れたのは
女性の遺体の腕の部分だった。
それは行方不明となっている
絹枝の妹･芳枝のものに
間違いなかった。
数日後、絹枝もまた
何者かに拉致され、
その遺体は水族館の…。
前回取り上げた｢蜘蛛男｣の
ジュヴナイル仕様です。
もともと明智小五郎が登場する関係で、
原作｢蜘蛛男｣と
ほとんど変化がありません
(以前取り上げた
｢幽霊塔｣→｢時計塔の秘密｣は、
明智小五郎を登場させるために、
かなり改編されていた)。
強いていえば、
｢畔柳博士｣が｢黒柳博士｣へ、
｢波越警部｣がおなじみの｢中村警部｣へ、
｢赤松警視総監｣の名前が
削られたことくらいで、
筋書きや登場人物の
大きな改変等はありません。
それでもジュヴナイル向けに
様々な配慮がなされています。
【主要登場人物】
蜘蛛男
…正体不明の猟奇的殺人狂。
稲垣平造として冒頭に登場。
平田東一
…不良青年。稲垣の秘密を探ろうと
するが、蜘蛛男の手下となる。
里見芳枝
…蜘蛛男に殺害される。
遺体は六つに切断され、
石膏像に塗り込められる。
里見絹枝
…芳枝の姉。偽手紙に騙され、
誘拐、殺害される。
遺体は水族館で人魚に模される。
富士洋子
…映画女優。蜘蛛男に狙われる。
黒柳友助
…私立探偵兼犯罪学者。
警察の捜査に協力する。
野崎三郎…畔柳博士の助手。
中村警部…警視庁警部。
明智小五郎…私立探偵。
ジュヴナイル仕様の配慮①
残虐な場面の割愛
少年向けですから、
残虐な場面や性的な表現は
ことごとく割愛されています。
芳枝が蜘蛛男から弄ばれている場面や
49人の美少女が裸にされる場面などは
当然カットです。
ジュヴナイル仕様の配慮②
明智の失敗を最小化
原作と同じように、
明智小五郎は見事な推理と
華麗な失態を繰り返すのですが、
失態の方は可能な限り
目立たなくしてあります。
というよりも
読み手に失敗と気づかせないように、
そうした記述を
ことごとく削除してあるのです。
これまで仮にも二十面相と対峙してきた
明智の名探偵ぶりを、
いささかでも崩すわけには
いかなかったのでしょう。
ジュヴナイル仕様の配慮③
原作の不備をさりげなく補う
その上で、原作の不備を、
さりげなく修正してあります。
原作では、前半部分は
｢青髭｣で通した賊の呼称が、
明智登場以後、何の説明もないまま
｢蜘蛛男｣に変更され、
違和感がありました
(タイトルが｢蜘蛛男｣でなければ
読み手は混乱していたはず)が、
本作品では、
「まるで、蜘蛛が、
えものに糸をかけるように、
これとねらったら、
かならずしとめる
青ひげのやり口から、
いつのまにか、世間では、
青ひげのことを蜘蛛男と
よぶようになっていたのである」と、
丁寧に説明されています。
さて、このジュヴナイル版ですが、
子どもの頃に読んだときには、
扉にある乱歩名義の｢はじめに｣から、
乱歩自身がリライトしたのだと
疑っていませんでしたが、
調べてみると氷川瓏なる
探偵作家の手によるもののようです。
著作権の概念が緩かった昭和の時代は、
改編者の名前が明記されないことも
珍しくはなかったのでしょう。
もちろん、現代の尺度では到底
｢ジュヴナイル｣として失格でしょう。
場面は描かれずとも、
殺人は起きる、死体を切断する、
どう頑張っても子ども向けとは
ならないはずです。
そのためでしょうか、
1999年の
｢新訂 少年探偵･江戸川乱歩｣、
2005年の
｢文庫版 少年探偵･江戸川乱歩｣、
2008年の
｢ポプラ文庫 少年探偵シリーズ｣と、
少年探偵団シリーズはポプラ社から
度々復刊されるのですが、
すべて全26巻で、
旧シリーズの27～46の
大人向けのリライト版20冊は
未刊行のままです。
まあ、いろいろな
考え方はあるのでしょうが、
こうしたジュヴナイルを
子ども時代に読むことができた
私たち50代前後の人間は、
ある意味幸せなのかも知れません。
〔乱歩リライト作品について〕
前述したように、大人向け作品のうち
20点をジュヴナイル仕様にリライトし、
少年探偵団シリーズ27～46に
あてていました。
明智が登場しない作品も
明智を登場させたり、
さらには小林少年まで登場させたり、
二十面相シリーズの続編として
楽しく読んだ記憶があります。
当サイトでこれまで紹介したのは
次の2作品です。
（2022.8.26）
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